保育を辞めるまでの3年間|動けなかった私と、今あなたに伝えたいこと【元保育士れい・ブログ運営者プロフィール】

転職

はじめまして。元保育士の「れい」といいます。

このブログは、私と同じように「辞めたいのに、動けない」保育士さん・看護師さん・介護士さんのために書いています。今日はこのブログを運営している私自身の話——保育を辞めるまでの3年間、週末に求人サイトを眺めるだけで時間を溶かしていた日々の話を、正直に書きます。

長い記事ですが、もし今あなたが「辞めたいのに動けない」まま週末を迎えているなら、どこか1章でも読んでもらえたらうれしいです。

第1章|「保育士になりたかった」15年前の私

私は、15年間保育士をしていました。

「先生になりたい」と最初に思ったのは、たぶん自分が幼稚園にいたころです。私は人見知りで、困っていても自分から「困ってる」と言えない子どもでした。でも担任の先生は、言葉にできない私の気持ちにいつも先に気づいて、優しく声をかけてくれたんです。「言わなくても、わかってもらえる」——その安心感ごと、あの先生のことが大好きでした。
「私も、いつかあんなふうに子どものそばにいられる人になりたい」——保育士になりたいと思ったきっかけは、たぶんあの日々です。

保育実習は、正直しんどかったです。毎日夜遅くまで日誌を書いて、寝不足でふらふらしながら園に通っていました。それでも子どもたちと過ごしている時間だけは、疲れも忘れるくらい楽しくて、毎朝行くのが嬉しかった。
最終日、朝の会で「今日でお別れだよ」と伝えた瞬間、何人かの子が泣き出してしまって、私まで泣きそうになりました。そのとき——「やっぱり、私はこの仕事がしたい」と、胸の真ん中で決まった感覚がありました。

初めて担任を持ったのは、1歳児クラスでした。4月、慣らし保育の時期は教室が泣き声でいっぱいで、お母さんから離れるときに大泣きする子を一人ずつ受け止めながら、私のほうが泣きたくなった日もあります。
でも日が経つにつれて、朝、私の顔を見つけると笑顔になって、両手をのばして抱っこを求めてくれるようになりました。その小さな両手の重みが、「この仕事をしていてよかった」と毎朝思わせてくれたんです。

できなかったことが少しずつできるようになっていく——運動会で初めてゴールテープを切った日、発表会で自分のセリフを言えた日、そのそばで一緒に喜べることが、保育士の幸せでした。過程を保護者さんにこまめに伝えて、本番でその喜びを一緒に感じてもらえたとき、「やっぱりこの仕事がいちばん好き」と胸の底で思えた。

3月、最後の保護者会で「れい先生が担任でよかった、このまま卒園まで持ち上がってほしい」と言ってもらえた日のこと、今でもはっきり覚えています。卒園した子にあとで「保育園の先生のなかで、れい先生が一番好きだった」と言われたこと、別の年の保護者さんから「来年もれい先生に担任してもらいたい」と言ってもらえたこと——そういう一つひとつが、私を15年、保育士にとどめてくれた宝物です。

だから、最初に断っておきたいんです。私は、保育の仕事が本当に好きでした。子どもたちと過ごした時間、保護者さんと喜びを分かち合えた瞬間、卒園後も覚えていてくれた子たちの言葉——15年間の宝物は、今も私の中にあります。

そのうえで、これから書くのは、それでも私が保育を離れるまでの話です。

第2章|3年間、週末に求人サイトを眺めていた日々

「辞めたいな」と思い始めたのは、保育士を続けて、もう何年も経ったあとのことでした。

きっかけは、一つじゃありません。残業代が出るのは正式な会議だけで、それ以外は「自主的に残っている」扱いになるサービス残業。家に持ち帰る製作物。土曜の出勤も、当番以外は「自主的」で仕事扱いにならない。休憩らしい休憩が取れないのは当たり前で、昼は立ったまま数分で済ませる日もありました。園にいるあいだは個人情報に関わる業務を優先して、持ち帰れる仕事は家に持って帰る——そうやって時間を回さないと、毎日の業務は終わらなかったんです。

職場の人間関係にも、消耗していました。怖い先輩にわからないことを聞くと「こんなこともわからないの?」と返されて、結局教えてはもらえない。しかも自分が何か間違って進めていても、その場では指摘されず、後日の会議で全体の前で公表されて責められる——そういう空気の中で、質問するのが怖くなっていきました。

相談しても、返ってくるのは今のしんどさへの共感ではなく、「昔はもっと大変だった」という過去の話。話はそこで終わって、こちらの悩みは行き場を失うだけでした。

一つひとつは、辞めるほどじゃないんです。でも、それが何年も積み重なって、ある日ふと「もう無理かもしれない」と思った。

そこから、辞めるまでに3年かかりました。

私がその3年間、週末に何をしていたかというと——求人サイトを眺めるだけだったんです。

土日、時間があるとソファで求人サイトを開いていました。最初は「保育士」で検索して、気になる求人を見ていくうちに、別の業種のページに飛んで、在宅でできる仕事まで探してみたり——自分が何を探しているのかも定まらないまま、スマホをスクロールする時間だけが過ぎていく。気づくと数時間が溶けていて、「今日も何もしないまま終わってしまった」という感覚だけが残るんです。

じゃあ、なんでそのまま登録しなかったのか——自分でも、うまく答えられなかったんです。「今じゃない」「まだ早い」と、理由にならない理由を重ねて、結局いつもアプリを閉じる。土日のたびに、同じことをくり返していました。

そして日曜の夜、「また1週間が始まる」と思った瞬間に、全身がずしんと重くなる。「結局、今週も何も変わっていない」という事実だけが残っていく。

3年です。毎週そうだったわけじゃないけれど、気づけば何十回も、こうやって動けない週末を迎えていました。

第3章|なぜ動けなかったのか

当時の自分を今から振り返ると、私が動けなかった理由は、たぶん4つありました。

①「保育しかできない私」に、他の仕事ができるわけないと思い込んでいた

履歴書を書こうとしても、職務経歴の欄に書けることが「保育士」しかない気がしていました。

PCは、ほとんど使えませんでした。連絡帳も日誌も、全部手書き。園にPCは2台しかなくて、メインで使っていたのは園長と副園長で、担任が触れるのはお昼寝の時間か仕事が終わったあとだけ。でもその時間はみんな使いたいタイミングが重なるので、結局ほとんど座れませんでした。

営業もやったことがない。資格は、保育士と教員免許と幼稚園教諭免許を持っていたけれど、どれも「保育・教育の世界の中の資格」で、外の世界に持っていける気がしなかった。

保育士しかできない。そう思い込んでいました。

今ならわかります。保育士の持っているスキル——複数人を同時に見る力、泣いている人を落ち着かせる力、急な予定変更に対応する力、保護者に事実を誤解なく伝える力——これは、どんな職種でも通用する、ちゃんとした社会人のスキルです。ただ、当時の私には、それを言葉にして評価してくれる誰かがいなかった。

② 辞めたら子どもたちに申し訳ない、と思っていた

「あと1年続ければ、あの子の卒園まで見届けられる」「途中で担任が変わったら、あの子たちが戸惑う」——この言い訳を、毎年くり返していました。愛情のフリをして、自分を動けなくするための鎖にしていたんだと思います。

でも、自分を削りきってしまった私が、この先もあの子たちの前に笑顔で立ち続けられますか?——当時の私に、誰かそう聞いてくれたらよかった。

③ 転職エージェントに登録したら「本気で辞める道」に進んでしまう気がして怖かった

これが、いちばん大きかったかもしれません。エージェントに登録する=退路を断つ、みたいな恐怖があったんです。

「電話がしつこく来たらどうしよう」「断りづらくなったらどうしよう」「園にバレたらどうしよう」——そして何より、「本当に辞める決断もしていないのに、登録なんかしていいのか」と思っていた。頭の中で勝手にシナリオを膨らませて、一番安全な「何もしない」を選び続けました。

このブログを始めてから調べ直して分かったのは、エージェントは「本気で辞める人のためのもの」ではなく、「迷っている人のためのもの」でもあるということ。話を聞いてもらうだけで終わってもいい場所だったんです。当時の私に、この情報だけでも届いていたら、3年はもう少し短かったかもしれません。

④ 自分の身を削っていることに、気づけなかった

やりがいは、確かにありました。子どもたちの成長をそばで見守れること、あの笑顔、年度末に保護者から泣きながら感謝される瞬間。「やりがいしかない仕事」だと、本気で思っていました。だから、自分の身を削っていることに、私は気づけなかった。

年長担任が続いて、行事に追われていたある日、身体中に蕁麻疹が出ました。疲れるとたまに出るやつで、いつもは休めば時間と共に消えていく。でもその日はどんどん広がって、頭皮にまで出て、最後は喘息の発作のような呼吸になりました。夜中に病院に駆け込んで、点滴をされながら「このまま入院してください」と言われました。

でも私は「明日早番なので休めません」と言って、午前3時に病院を出ました。5時半過ぎには家を出て、いつも通り職場に向かっていました。

今ならわかります。あれは、自分の身を削っていた証拠でした。でもその時の私は、そうするしか知らなかった。「保育士ってそういうもの」だと思っていた。だから、辞めるきっかけにすら、ならなかったんです。

第4章|「出勤しないと働けない」に、疑問を持った日

最後に背中を押したのは、2020年のコロナでした。

遠方に住む親が怪我をして、週末だけでも行って手伝いたい、と職場に相談しました。返ってきたのは、こんな言葉でした。

「県をまたぐと、PCR検査を受けて、結果が出るまで出勤できなくなる。それでも行くの?」

自分の子どもたちは、緊急事態宣言で家にいました。「外にも出られない」「いつになったら学校に行けるの」と不安がっていた。それなのに、私は毎日、変わらず出勤していました。

園にはもちろん感染リスクがありました。でも、クラスに感染者が出たという情報は、「個人情報だから」と職場では共有されない方針でした。誰が濃厚接触なのかもわからない。私は、目の前の子どもたちをどう守ったらいいのか、わからなかったんです。

クラスの子も守れない、自分の家族も守れない。

その時、初めて思いました。

「出勤しないと働けない」って、本当に当たり前なんだろうか。

15年、保育の仕事に誇りを持ってきました。でも、この働き方のままでは、大事にしたいもの——家族、自分の子ども、自分の健康、そして目の前の子どもたち——を、どれも守りきれない。そのことに、やっと気づいたんです。

その問いが、3年間ずっと動けなかった「辞める」という選択に、やっと形を与えてくれました。

退職を伝えたとき、主任に「もう少し考えたら?」と言われました。でも、考える時間は、もう3年分使ったんです。だから、そのまま進めました。

第5章|今のあなたへ、3年前の私に言いたかった5つのこと

今このブログを書いている私は、保育からは離れて別の働き方をしています。正直に言うと、保育が嫌いになって辞めたわけじゃない。体と心がこれ以上もたなくなったから離れた、それだけです。

もし3年前の、求人サイトを眺めるだけで週末が終わっていた自分に会えるなら、これだけは伝えたい——という5つを書いて、この記事を終わります。

① 「辞めたい」は、怠けじゃなくて、体と心の正直な声

朝起きられない、日曜の夜が怖い、原因不明の発疹や動悸、眠れない夜——これはあなたの弱さじゃなくて、あなたの身体がもう限界を知らせてくれているサインです。気づけているうちは、まだ戻れます。サインに気づけなくなる前に、耳を傾けてあげてください

② 求人サイトを眺めるだけの時間は、「動いている時間」じゃない

これはいちばん自分に言いたい。調べている時間は、動いている時間じゃなくて、動けないまま止まっている時間です。眺めているだけでは、現実は1ミリも変わりません。

動くのが怖いなら、まずは誰かに話を聞いてもらうだけでいい。転職エージェントって怖くない?元保育士が調べ直して整理した正直Q&Aに、私がいま調べ直して分かった「登録するとどうなるのか」「断れるのか」をまとめています。

③ エージェントは「転職するため」だけのものじゃない

私がいちばん誤解していたことです。エージェントは、話を聞いてもらうだけで終わってもいい場所です。「まだ辞めるか迷っている」という段階から使えて、料金は利用者には一切かかりません。

職種別のおすすめは、保育士の転職エージェントおすすめ5選にまとめています。当時の私に戻れるなら、どれを選ぶかを正直に書きました。

④ 「保育しかできない」は、思い込み

保育士がふだんやっている仕事を書き出してみてください。同時に複数のことを見る、予定が変わっても対応する、泣いている人を落ち着かせる、事実を誤解なく伝える、命を預かる責任を持つ——これが「他の仕事でも通用するスキル」じゃなかったら、何がスキルなんでしょう。

資格を足したい気持ちがある人は、3ヶ月で取れる「在宅転職に強い資格」5選にまとめています。

⑤ 子どもへの愛情は、辞められない理由にしなくていい

「あの子たちを置いて辞めるのは申し訳ない」——3年間、いちばん自分を縛った言葉でした。結局私は途中では辞められず、3月末、自分の区切りまで勤め上げてから退職しました。正直な話、そこまで待たなくてもよかったかもしれない、と今なら思います。

保育士って、どんなにしんどくても、子どもたちの前では笑顔でいる人がほとんどです。私もそうでした。「先生、しんどそう」と子どもに気づかれたことは、結局一度もなかったと思います。

でも、それはあなたがプロだからであって、壊れていないから、じゃない。削られているのは、子どもたちが帰ったあとの、あなた自身の時間と身体のほうです。子どもたちは、次の先生とも、ちゃんと新しい関係を築いていけます。愛情があるから辞められないんじゃなくて、愛情があるからこそ、自分が壊れる前に辞めていいんです。

そして——このブログを読んでいるあなたは、「自分、もう限界かもしれない」とちゃんと気づけている人です。それは、すごく大事な感覚です。壊れてから立て直すのは、本当に時間がかかります。気づけているうちに、動いてください。

今のあなたが転職すべきタイミングかどうかを、冷静に整理したい人は、「転職しようか迷っている」あなたへ。転職を決断すべき7つのサインを読んでみてください。

最後に

私がこのブログを書いている理由は、ひとつだけです。

3年前の、週末に求人サイトを眺めるだけで時間を溶かしていた私みたいな人に、当時の私が知らなかったことを届けたい。

アフィリエイトの収益もいただいていますが、それは「この記事を読んで、登録してくれた方が、少しでも楽な環境に移れますように」という気持ちの結果です。順番としては、あなたの人生が先で、私の収益はそのあとです。ここだけは、絶対に逆にしません。

今週末、また布団の中で求人サイトを開きそうになったら、思い出してください。眺めている時間は、動いている時間じゃない。でも、動き方が分からないなら、このブログのどこかを読んでもらえたら、次の週末が少しだけ違うものになるかもしれません。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

——れい

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